
わが国は水素エネルギー 社会の実現を目指してきたが
わが国は2010年代から水素エネルギー社会の実現を目指して、燃料電池をはじめとする水素利用機器・システムの開発や普及、水素供給インフラの整備などを官民挙げて推進してきました。そのかいもあって、2009年に家庭用燃料電池システム「エネファーム」が世界に先駆けて発売され、2014年12月にはトヨタが燃料電池自動車(FEV)の市販1号車となるMIRAIを発売するなど、民生用の分野での燃料電池の実用化で日本は世界をリードしています。
ところが、エネファームは着実に普及してはいるものの、累積普及台数は50万台程度で、当初掲げていた2030年度300万台の目標にはとても及ばない状況です。
FEVは、販売台数は2021年の2464台がピークで、2024年は694台しか売れないなど、ほとんど普及していません。
水素をエネルギー分野で活用しようとしている事例は海外にも見られますが、大々的に水素エネルギー社会の実現を標榜している国は日本以外には見当たりません。水素エネルギーには優れた特性がある反面、利用の拡大を図るためには多くの課題を抱えているからです。
水素エネルギーの強みと特長
わが国が積極的に水素エネルギー社会の実現を目指してきた理由は、以下のように説明されています。
①水素をエネルギー源として利用すると、電気や熱を発生させる際に二酸化炭素を排出しないので、再生可能エネルギーで発電した電気で水を電解し製造した水素をエネルギー源とするシステムが普及すると、エネルギー起源の二酸化炭素排出量を削減できる。
②燃料電池システムは、既存の発電システムに比べると、騒音、振動、排熱などを低く抑えることができ、システムをコンパクトにできる。
③水素は、水や様々な物質に含まれており、石油や天然ガスなどの改質、石油・化学・鉄鋼などの生産工程での副次的な生産(副生) 、水の電気分解など様々な方法で調達することができるので。エネルギー自給率を高めることもできる。
④燃料電池、水素の貯蔵・輸送などの技術・開発分野で複数の日本企業が世界の最先端を走っているため、水素エネルギーの利用が拡大すれば経済効果が期待できる。
水素の導入・利用を拡大するための課題は多い
ただし、水素の導入および利用を拡大するためには、多くの課題があります。
例えば、水素は、地球の地表近くの自然界にはガス状態ではほとんど存在していませんので、水素が含まれている水、化石燃料、化合物などから、分解・精製して製造する必要がありますが、石油精製、苛性ソーダなど化学製品の製造、製鉄時のコークス炉ガスなどの副生、化石燃料の改質、水の電解、熱分解、触媒反応などの製造方法は、いずれも経済性、供給安定性、エネルギー効率、環境性のいずれかに問題を抱えています。
例えば、副生や化石燃料の改質は水素を製造する際に二酸化炭素を排出しますので、二酸化炭素の貯留(CCS)が低コストで大量に行えるようにならない限り、カーボンフリーではなく、改質時のエネルギーロスを考慮するとエネルギー効率が改善するわけでもありません。水の電解はコストが高く、分解時にエネルギーを消費しますので、エネルギーの総合効率が低下しますし、再生可能エネルギーを電源にしない限りカーボンフリーではありません。熱分解や触媒反応は、まだ開発段階で、実用化のめどは立っていません。
また、水素は気体・液体・固体で貯蔵・輸送が可能なので、利便性が高いとされることがありますが、空気中において広い濃度範囲(約4~74%)で小さな着火エネルギーによって爆発燃焼しますので、危険物として取り扱わなくてはなりませんし、ガス密度が最少で、拡散性が大きく、沸点が常圧でマイナス252・6度Cと著しく低く、多くの金属や有機物と結合しやすいので、取り扱いは簡単ではなく、輸送・貯蔵コストは、既存のエネルギーに比べると割高で、石油やLPガスのように低コストで大量に貯蔵することはできません。
水素エネルギーの優れた特性を活かせる地域や分野で補完的に活用すべきでは
私は、10年以上前から水素利用は拡大するものの水素中心のエネルギー社会は到来しないと説いてきました。
しかしながら、環境制約が厳しい大都市圏に集中的に公費を投じてシステムをつくり上げるのは、コストが割高だったとしても一考の価値があると思われます。
また、需要に合わせて発電できない太陽光発電や風力発電の余剰電力をゼロコストで水の電解に利用して水素を製造すれば、蓄電と同じ機能を発揮することができます。
水素は、既存のエネルギーと重複する分野で莫大なコストをかけて導入および利用の拡大を図るより、その優れた特性を生かせる地域や分野で、既存のエネルギーを補完する役割を担わせるのが妥当と思われます。