自動運転技術に考える
人間が持つ味の大切さ
2017.10.25
 先日、札幌市内中心部で、自動運転車の実証実験が行われたというニュースを見た。最初は人間が運転し、途中で自動運転に切り替えるものだったが、ついにここまで来たかと感じた。

 一部の市販車で、高速道路の単線に限って実現しているこの機能。主人公の声に反応して無人で走ることができ、時にはピンチを救う黒い車が活躍する海外ドラマを思い出す。

 20年ほど前、流行語にもなった「ファジー」や「1/fゆらぎ」の名で人間に近い制御をさせる機能を実現しようとしていたものが、人間と同等の制御をさせるところまで来ていることに、進化のすごさを感じずにはいられない。

 今は運転手がすぐに操作できることが必要で、あくまでも補助機能としての位置付けとなっている自動運転。この機能を実現するプログラミングは、そもそも人間の動作を機械で実現するために生まれたものだが、今や人間に取って代わるところまで進化しており、AI(人工知能)と呼ばれるプログラミングが棋士に勝利したとか、大量の人間を失業に追い込むなどの話題もある。

 確かに、ヒューマンエラーの回避や省力化に資するものであれば歓迎すべきだが、複雑な処理を100%完全に行うことができるのかということには不安を感じずにいられない。自動化が生み出した余力の使い道で逆に負担が増えることや、人間が醸す「味」をないがしろにして「味気ない」世の中になることを懸念するのは、筆者だけなのだろうか。  (蔵)


北海道のガソリン価格予想
5月13日(月)から5月19日(日)まで
価格上昇
一部に値戻しの動き

05月20日付ヘッドライン

■経営安定化へ総意結集 北石連・商が通常総会・総代会
■商取引阻害要因を排除 函館石協が通常総会
■常に「丁寧なアテンド」 平和石油セルフ美原
■脱炭素の推進など盛る 道の予算要望
■元売大手3社が2023年度決算