サウジアラビア石油施設攻撃後の原油相場 サウジアラビア東部のブカイクとヒジュラ・フレイスにある国営石油会社サウジアラムコの石油施設が現地時間の19年9月14日早朝に爆撃され、大規模な火災が発生しました。
攻撃を受けた地域にはサウジアラビアの重要な石油施設が集中しており、この爆撃によってサウジアラビアの直前の原油生産量の約6割に相当する日量570万バレルの原油生産が停止しました。
この有事を受けて原油相場は一時急騰しました。
ニューヨーク商品取引所(NYMEX)の原油先物市場では原油先物期近(19年10月限月物)の価格が、13日の引け値1バレル54・85ドルから、第一報がもたらされた直後に時間外取引市場で64ドル台まで急騰し、その後、一時60ドルを割り込みましたが、引けにかけて再び上昇し、週明け9月16日は前週末比8・05ドル高の62・90ドルで引けました。
しかし、翌17日の引け値は前日比3・56ドル安の59・34ドル、18日は1・23ドル安の58・11ドルに値下がりし、期近物が19年11月限月物に交代した23日にはやや値上がりしたものの、24日以降に水準を徐々に切り下げ、30日の引け値は爆撃直前より安い54・07ドルにまで低下しました。
サウジアラビアが爆撃された後の翌取引日に原油相場が、寄り付きで高値をつけた後に一時値下がりし、引けにかけて再び上昇した理由の一つは、サウジアラビアの原油生産が正常な状態に戻るのに数カ月を要するとの噂が流れたからだったと推察されます。
原油相場がその後値下がりしたのは、17日に、サウジアラビアが、十分な原油備蓄を利用することで原油輸出に影響が及ぶことはなく、すでに損傷した設備の一部が生産を再開しており、9月内の顧客との約束を果たすことができるなどの見通しを示したこと、サウジアラビア及び米国が攻撃を行ったと発表した組織やその組織との関与が疑われるイランへの報復攻撃を行う姿勢を示さなかったことなどから、爆撃直後に想定されたリスク懸念が後退したためと考えられます。
なお、サウジアラビアの原油生産設備を攻撃した主体はまだはっきりしていません。事件直後にイエメンの武装組織フーシー派の「アンサールッラー」が攻撃を行ったと発表しましたが、発表された内容と爆撃の実態との間に齟齬(そご)が見られると指摘されています。そして、サウジアラビアはイランの関与を示唆して同国を非難し、米国もイラン犯行説を唱えています。しかし、イランは関与を否定しており、イランの関与を裏付ける明確な証拠も示されていません。これも原油市場が落ち着きを取り戻した背景事情のひとつと考えられます。
中東地域における地政学リスクが後退しているわけではありません。5月5日には、米国が諜報機関からイランの米軍攻撃計画に関する報告を受け、中東地域に空母とB52爆撃機4機を配備したと発表し、米国は、5月8日にイランとの包括的共同行動計画から撤退しイランの核計画に対する制裁を復活しました。これに対して、イランは世界の石油消費量の約20%が輸送されているホルムズ海峡を閉鎖すると警告しました。そして、イラン政府は関与を否定していますが、6月13日にホルムズ海峡付近で日本とノルウェーの海運会社が運航するタンカーが襲撃されました。
過去に大きな有事に発展したケースとの違いは、軍事報復が繰り返されるような状況に陥っていないことで、原油相場が上昇しないのは、原油市場の関係者が、ペルシャ湾が航行不能になるような最悪の事態に陥るリスクは低いと見ているということでしょう。
原油相場は有事発生直後値下がりすることも 原油の取引に大きな影響を及ぼすと思われる出来事が発生した際に、原油相場は、発生直前あるいは直後に急騰し、その日か翌日に最高値をつけ、その後、下げ・上げを繰り返す傾向が見られます。出来事が発生した直前・直後につけた高値は、その時点で予想される最大の影響を織り込んだ水準で、その後の値動きは、市場が、実際の影響を探る過程で起きる動きと考えられます。
ちなみに、有事等が発生する直前に相場が上昇することがあるのは、リスクの高まりが反映されたからと考えられます。例えば、90年8月2日にイラクがクウェートに侵攻したことをきっかけに国際連合が多国籍軍の派遣を決定し、91年1月17日にイラクへの空爆を始めたことで始まった「湾岸紛争」の際には、イラクのクウェートへの侵攻が始まる2日前から原油相場が急騰し始め、侵攻した当日には原油相場が値下がりしました。その後、原油相場は90年9月に高値をつけましたが、多国籍軍が爆撃を開始した後、原油相場は開戦直前の水準まで低下しました。
今年の冬は石油製品の市況が大きく上昇することはなさそう 原油の国際需給は引き締まっていません。景気の停滞により原油需要が伸び悩んでいる中、OPECと主要産油国が協調減産を続けているにもかかわらず、米国の原油生産が高い水準を維持していることもあり、主要産油国・消費国の原油在庫は比較的高い水準にあります。米中貿易戦争や英国のEU離脱などによる景気への影響、再エネ、電動車の普及などから、原油需要が伸び悩む懸念が広がっています。
過去にOPECが協調減産を行っている局面で原油価格が上昇傾向で推移したことはほとんどありません。協調減産は需給が緩みやすい状態で実施されており、減産が解除されると、その分供給量が増加して需給が緩みやすくなるからです。
地政学リスクが再度高まるようなことがない限り、今年の冬は原油並びに石油製品の市況が大きく上昇することはなさそうです。