トップダウンで大幅に引き上げられたGHG削減目標
温室効果ガス(GHG)の削減目標が大幅に引き上げられることになりました。菅首相は、4月22日に「我が国は2030年度において温室効果ガスを2013年度(実績)から46%削減(以下「46%削減」)することを目指す」と宣言し、6月にイギリスのコーンウォールで開催されたG7サミットで、我が国のGHG削減目標として「46%削減」を表明しました。我が国の、現時点の公式なGHG削減目標は「2013年度実績比で2030年度までに26%削減、2050年度に80%減」でしたが、2050年度の目標は、菅首相が昨年9月の所信表明演説で「2050年までにカーボン・ニュートラル、脱炭素社会の実現を目指す」と宣言していましたので、「カーボン・ニュートラル」に引き上げられることがほぼ決まっていましたが、2030年度の目標も大幅に引き上げられることになったのです。
2050年度と2030年度の目標の意味は大きく異なります。2050年度目標は努力目標と考えられなくもありませんが、2030年度目標は、実行計画ですので、公約されると、目標を達成するための対応策やコストが確実に発生することになるからです。
ちなみに、世界最大のGHG排出国である中国は、2030年度の温室効果ガスの削減目標を二酸化炭素排出量のGDP原単位で宣言しており、すでにこの目標を達成していますので、今後の経済成長に合わせてGHGの排出量を増やすことができます。アメリカは、4月に開催された気候変動サミットでGHG削減目標を従来の「2025年までに2005年比で26%~28%削減」から「2030年までに2005年比で50%~52%削減」に改訂することを表明しましたが、アメリカは、これまでに京都議定書から脱退したり、パリ協定からも一時脱退したりするなど、自国の都合に合わせて公約を破棄することができる国です。
対して、我が国は国際会議での公約を反故にしたことがありません。公約した限り、達成しなくてはならなくなる可能性が高いのです。
2030年度までにGHGを大幅に削減するのは難しい
GHG「26%削減目標」は、現実的なエネルギー需給見通し、産業界の削減コミットメントに基づいて作成されており、この目標の達成に向けて制度・政策が策定され、エネルギー主要各社や多くの企業がGHG削減に向けて取り組んでいました。このため、事業環境が大きく変化した原子力を除いた、省エネ、再エネ導入量などの目標を達成できるめどは概ね立っていました。
ところが「46%削減」は、経済産業省筋から「39%削減」が実現可能な対策の効果を積み上げた限界値との見解が漏れ聞こえるなど、現行対策の延長線上で達成できる目標値ではありません。
GHGを削減するためには、GHGを排出する設備・機器・システム、建造物などの更新、産業活動やライフスタイルの変更などが必要になります。更新に伴う廃棄・処分コスト等を勘案すると効率の悪い機器・システム等の利用を制限することは難しいので、削減効果は、更新やリフォームに伴って徐々に進んでいくことになります。ほとんどの分野で、現時点ではGHG排出量を大幅に削減できる機器・システムはわずかしか実用化されていません。
各方面で導入に向けた取り組みが強化されている水素やアンモニアも2030年度までに導入できる量は限られますし、2030年代に自動車の新車販売における電動車化を義務付ける政策の導入が計画されていますが、開始時期を前倒ししたとしても短期間でGHG削減効果を短期間で積み上げることはできません。
結果的に、比較的短期間で成果を上げることができる、省エネ支援の大幅な拡充、エネルギー転換促進対策の強化、風力発電の開発リードタイムの短縮につながる環境アセスメント制度の見直し、太陽光・風力を優先的かつ容易に開発できる地域の設定(ゾーニング)などが追加されることになると予想されます。
ただし、そのために少なからぬ追加コストがかかったり、全国的に問題視されるようになった太陽光発電の乱開発による弊害と同様の問題を広げたり、送配電設備や蓄電設備などの大規模な増強に伴う電力託送費用の増加、石油精製設備や火力発電設備の利用率低下や設備廃棄に伴う費用の増加などにより、エネルギー価格の大幅な上昇につながることも懸念されます。自動車の電動化などの対策の導入時期を早めたり内容が強化されたりする可能性もありますが、拙速な対応は関連産業に少なからぬダメージを与えかねません。
そして、これらの対策でも削減量が不足するようだと、排出権取引などによって外国に莫大なお金を支払って補填しなくてはならなくなりますし、GHG削減コストが諸外国に比べて著しく大きくなると、製造業などの海外移転を促すリスクも拡大します。拙速なGHG削減論は多くの産業や国民の暮らしに甚大な悪影響を及ぼしかねないのです。